小さい秋

初秋特有の台風が接近しているニュースを見て、バルコニーの観葉植物を室内に取り込んだ。小さな部屋に所狭しと並べられた観葉植物たちは、部屋の空気を入れ替えてくれるようで、台風が接近している外の不穏な空気に反して気持ちのいい空間になった(反面植物たちは少し窮屈そうにも見える)。しばらく眺めていると秋の虫の声がすることに気づく。リンリンと鳴いている。台風接近に備えて窓は閉めきっているから、どうやら秋の虫が観葉植物にくっついて部屋に入ってきたようだ。

葉の裏や細い枝の隅々までくまなく探してもまったく見つからない。ネットで「秋の虫 鳴き声」で調べれば(なんでも調べられる)おそらく「カネタタキ」という名前の1cm程度の小さなバッタの一種だということまではわかった。そんな小さな生き物であれば見つけられないか、と探すのを諦め、しばらく秋の音を楽しむことにした。

室内で響く秋の音は思いのほか大きい。1cm程度の虫がこれだけたしかな存在感を持って音を鳴らすというのはなんともすごい。小さく感心していたものの、その大きさに徐々に「煩わさ」も感じ始める。結局その日は見つからず、そのまま一晩を過ごした。鳴き声は寝室まで響き、なかなか寝付けないほどだった。

翌朝台風が去り(思ったほどの影響はなかった)、観葉植物を外に出した。しばらくするとまた部屋の中から「カネタタキ」の声がする。どうやら彼は(なぜかオスのような気がした)住まいを観葉植物から部屋に変えたらしい。今度はすぐに見つけることができた。見れば本当に1cmもないくらいの小さな生き物だった。

潰さないようにそっとティッシュで包み、バルコニーに逃がす。外から聞こえる秋の虫たちの声に混じった「カネタタキ」の声は、室内で聞くよりもぐっと小さく、遠くから聞こえた。

飼い猫に血尿が出てから通い続けていた動物病院を変えることにした。その動物病院にはかれこれ半年近く通っていた。発症当初の診察や処方はとても丁寧で、通い始めてすぐに血尿もなくなり見た目も元気になった(表情はわからないけれど活発にはなった)。

「もう大丈夫だろう」と期待して通院するものの、行く度に痛そうな尿検査をされては、毎回「いまいち良くなりませんね」とサプリメントを処方され続けられる。半年経ち、さすがに黒い感情が僕の中にも湧き出てきた(ヤブなのではと疑い始めた)ので、この際だからと思い切って変えることにしたわけだ。

コロコロ病院を変えるのはきっと飼い猫にとっても負担だろうと、いろいろと調べ、なるべく口コミが良い病院を選んだ。

行けば最近移転したばかりとのことで、内装が綺麗でどことなく明るい雰囲気がある。医師に呼ばれ診察室に入れば、大きなモニターが待ち構えていた。モニターは医師の手元にあるPCと接続されているらしく、僕の言葉をメモがてら打ち込んだものをそのまま映し、専門用語などを説明するページも映し出してくれる。前回の病院と比較してだいぶ先進的だ。飼い猫の症状や以前の病院で処方されたサプリメント、薦められた餌の話をすれば「それは正しい処方ですね」と認めた後、なぜそのサプリメントが必要でどんな改善が見込めるかを丁寧に話してくれた。前の病院では教えてくれなかったことがポロポロ出てくる。

とりあえず診てみましょうと、飼い猫を預けて診察をしてもらう。30分後、改めて診察室に呼ばれ大きなモニターを見上げればレントゲンが映し出され、プリントアウトされた尿検査の結果も渡してくれた。「良くなっています。むしろきれいなおしっこです」とのことだった。ただ、これが今日たまたまなのかはわからないからサプリメントを一切やめて来月また診てみましょうとのことだった。

ホッとした。飼い猫の症状が良くなっていたこともそうだが、具体的な説明があり、次のプランを提示してくれることに「ここなら進展する」という安心を覚えたのだろう。最新の設備だから大丈夫そう、というのもあった。

たったひとつの小さな受け答えや、たったひとつの小さな印象だけで信頼などコロッと変えてしまうものだ。

秋は「人が動く」季節だ。ここ最近は毎日のように、今の職場を離れる報告の連絡や、新しい挑戦を始める宣言が飛び込んでくる。その度に小さく声を掛け合うことは、穏やかな気候も相まってなんだかほっとする瞬間でもある。

そんな季節でもあるから、大なり小なりこれまでの社会人生活で関わりをもった人と飲みに行く機会が増えた。感染症の影響もあって数年ぶりに会う人もいた。いろんな人から集まる僕との小さなエピソードを聞くことは、これまで(特にここ数年)闇雲に歩いてきた道のりを振り返る機会にもなった。忘れっぽい僕にとってはやはりありがたいことだ。

僕自身もこの秋から小さく役割が変わる。端的に言えば忙しくなる。それはそれでありがたいことなのだけれど、どうしても仕事を中心とした「直線的な会話」は、どこまでいっても果てがなく、気づくと奥歯を噛み締め、呼吸が浅くなっている。肩に力が入っている。

旧交を温める時間は、凝り固まった筋肉をほぐしてくれるような効能がある。どれだけ温泉に浸かってもとれないような疲れを、芯から取り除いてくれることもある。

秋は小さな声がよく聞こえる季節。それはつまり、小さなことにも目を向けられる季節でもある。なるべくなら(少し疲れていても)、少しでも肩の力を抜ける場所に出向いていっては、小さな声を掛け合って過ごしたい。

文・写真:Takapi