本来であれば、今月は沖縄旅行について書くつもりだった。
娘がそろそろ3歳になるということもあり、その前に飛行機に乗って旅行に行こうと決めて(3歳から座席分の費用がかかる)、北は寒いだろうから、一足早く春が訪れているだろう沖縄を選び、2月末に旅行に行くはずだった。
それが旅行の2日前に娘が流行り風邪に罹ってしまい、なくなくキャンセルすることになった。ついこの間の年末も、一年の疲れを癒そうと温泉旅館を予約したものの、旅行の前日に僕がインフルエンザに罹り断念したばかりだった。
なんともついてない。厄年ここにあり、という感じだ。
しかしながら、こればかりはどうしようもないことだし、旅行であればいつでも行ける。むしろもっと暖かい時期に行った方が楽しめるかもしれない、とリベンジの予定を決めることにして、だいぶ気持ちは落ち着いた。
とは言え、行くはずだった旅行当日の朝に、アプリに入れたJALのチケットがスマホにポップアップで表示されるのを見て、なんとも寂しい気持ちにはなったけれど(あの仕組みはどうにかならないかしら)。
心残りがあるとすれば、毎日が新しい娘にとっては、この年齢でないと感じられないものもあったかもしれない、と思ったくらいだ。まあでも、僕自身が2歳の頃を憶えていないし、日常の中でもっと見せられるものはあるはずだ、とひとり納得した。
旅立ちの季節である。
今年も様々な旅立ちを見届けることになりそうだ。
これまでも数え切れないほどの旅立ちに立ち会ってきた。彼らは一様に、これまでの環境、変わった人たちに感謝を伝え、新たな環境への希望(と若干の不安)を語る。ほぼ例外なく、そういう言葉を聞くことになる。
当然ながら、そういう場で「心残り」のような話は出てこない。あっても前向きに「心残りはあるにせよ、後に残された人たちに託します」という言葉がセットになる。まぁ、心残りがあったとしても、話したところでなにかが変わることでもないし、残された人たちは、鎮痛な思いを聞いたところでどんな声をかけていいか途方に暮れるだろうから、当然と言えば当然ではある。
翻って、これまでの自身の旅立ちを振り返って「心残り」を探ってみる。
高校で部活を引退した時や、2回経験した転職の時など、それなりに人生の分かれ道と言えそうな決断をした時はある。新しい環境に身を置いてもしばらくは、あの判断は正しかったのか?と問う時間もあった。「もっとやれたかもしれない」という、熱量の残滓のようなものが腹の奥底にうずくまっている時期も、あったように思う。
けれど、この年齢になってみると、それらはきれいになくなっている。「心残り」と呼ばれるものは、時間とともに薄まり、消え去っていくようなものなのかもしれない。
それでも、ひとつだけ思い出せることがある。
それは高校3年生の秋頃、陸上部を引退して間もない頃だったと思う。
僕はと言えば、高校3年生になるまで、実績らしい実績を残せずに苦しい時期を過ごしていた。それが3年生に上がるタイミングでいきなりタイムが伸び始め、最後のインターハイでは、地区大会で個人競技でもリレー種目でも入賞を果たせるまでになった。ついでに、当時のその高校の歴代の記録を個人で3種目、リレーで2種目塗り替えるという、出来過ぎなほどの結果を残すことができた。
もっとやれる、そう思っていた矢先に練習で追い込み過ぎて軽い故障を起こした。それが高校生活最後の大きな大会の直前に重なり、結果として大会では思っていたような記録は出せなかった。そこで同時に燃え尽き症候群のようなものにも陥り、なかば感情に押し流されるように、引退を決意することになった。
そんなこともあり、少し腑抜けたような秋を過ごしていた。
試験勉強をしていた夜遅くに、ひとつ下のエースから嬉々としたメールが届いた。どうやら秋の新人戦で大きな結果を出したようだ。それだけではなく、僕自身が保持していた記録を塗り替えての結果だった。
後輩の快挙だ。本来であれば喜ぶべきところに、メールを見た瞬間、腹の底をえぐられるような感覚に襲われた。腹の底にしまっていた熱量の残滓が身を起こし、胃の中をぐるぐる駆け回っていくのがわかった。小さな、とても小さなプライドが疼いてしまった。僕自身が3年経ってようやく築き上げたものが、一瞬で壊されたような、そんなショックのような怒りのような、どこにも向けようのない重く暗い感情が沸き起こってしまった。
先輩であるならば、ここは賛辞する内容を返信すべきだ。当然だ。けれど当時の僕にはそれができなかった。
携帯を傍に置き、数時間暗い感情と闘ってできたことは、一言「おめでとさん」と返すことだけだった。それが精一杯だった。後輩の無邪気に喜び勇んだメールにたった一言で返してしまった。そしてそこで彼とのやりとりは終わってしまった。きっと、彼も何かを感じ取ったのだろう。
些細なやりとりだ。若気の至りとも言える。
でもこの時のことは、今でもたまに顔を出しては、胃の奥をギュッと掴んでくる。
それはきっと、自身の幼い行為が相手を損ねてしまったということではなく、相手の感情のみならず自身の感情からも「目を背けた」という事実に、僕自身がまだ苛立っているからなのかもしれない。
いつか誰かに差し出した手が時間を経て自らを温めてくれることがあるように、いつか背けた目は、時間を経てもなお、冷たい眼差しで自らを見つめ返してくることがある。
いつまでも消え去れない「心残り」とは、ともすれば予防線のようなものなのかもしれない。
それは時折顔を出しては問いかけてくる。
直感的にわかることは、その問いかけには目を背けてはいけないということだ。
そして、その問いかけはずっと抱きしめ続けなくてはいけない、とも。
文・写真:Takapi