「趣味とかハマってるものってありますか?」
雑談の中でふとこんな質問をされて、咄嗟に返すことができなかった。悩み黙り込むような会話でもないし「ない」と答えるのもはばかれる。数秒逡巡した後に「お酒かな…」と答えた時には、我ながら呆れてしまった。
一昔前なら本を読むこととか、映画を観ることとか、何かしらの文化的活動を挙げたような気もする。だけど、まずもって本を読まなくなった。仕事に関係するようなものは読む。むしろ「読む量」だけで言えば増えていっているようにも思う。しかしながら小説はもうここ数年読んでないし、エッセイや雑誌も手には取るものの、なんというか、以前ほどのめり込んで読むようなことはなくなってしまった。
映画も美術館も足が遠のいている。週末はどうしても子どもに時間を取られるから、単純にそういう「持て余す時間」がなくなったというのは大きいけれど、興味が薄れていることもたしかだ。なんというか、全体的に熱っぽくなれるものがなくなっているし、嬉々として語れるものもなくなってしまった。趣味やハマっているものは嬉々として語れなくてはいけない(と思っている)。そういった意味でここ数年は趣味がない状態とも言える。
娘は最近「パウ・パトロール」というアニメにハマっている。なにがそんなに面白いのか、隣で観ていてもさっぱりわからないのだけれど、観始めれば嬌声をあげ、一日中テーマソングを口ずさみ、ご飯を食べ終えれば「パウパトみる!」とせがまれ、1回だけねと言いながらNETFLIXを開く毎日だ。
ちなみにトーマスも好きだ。個人的にはみんな同じ顔に見えるから、車体の色が同じだともう区別がつかないのだけど、娘はしっかりと識別できている。すごい。そんな熱量に応えるべく、先日は富士急ハイランドにある「トーマスランド」に行き、併設しているホテルの「トーマス部屋」にも泊まった。娘もだいぶご満悦のようだった。
娘のハマりっぷりが羨ましい。ともすれば、羨ましいのは何かにハマることではなく、何かにハマるだけの「元気」の方なのかもしれないけれど。
ここ最近は、明け方5時前くらいに起きて7時まで仕事をして、そこから妻と娘とご飯を食べ、娘を保育園に送り届けてから会社に行き、19時半くらいに家に帰り、夕飯を食べつつ家事(翌日の夕飯を作ったり洗い物をしたり)や娘の世話を手伝い、22時半からまた仕事に戻って残務処理をして、日付が変わる前に寝る(もしくは1時過ぎまでやって)、といったような生活を送っている。
移動中もスマホで仕事の進捗はわかるし、すぐに判断をして、スマホのチャットで指示することなどはすぐにできてしまう。せっかく会社用のスマホをポケットにしまって本を読んだとしても通知がくればスマホを開いて、そこでできる仕事は済ませてしまう。
こうして書き出してみると、なんとも不健康な感じがする。そりゃ「ハマる」余裕などできないわけだ。そもそも何かに集中できる時間すらないに等しい。この「なんとなくつながっている」「なんとなく忙しい」状態が「無趣味」状態を作り出しているようにも思う。でもまぁ、それは自分に限ったことではなく、多くの人が罹っているシンドロームのようにも思える。
もしかしたら、サウナや美術館や映画やキャンプがエンタメとして人気なのは、そこに触れている時は「強制的にスマホから距離を置ける」時間だからなのかもしれない。そういう意味では人類共通の趣味は「つながらない時間」を持つ、ということなのかもしれない。
「つながらない時間」を自分の生活の中でつぶさに探してみると、ひとつ思い当たるものがある。それはスーパーの中を歩いている時間だ。季節の変化とともに旬が変わっていく棚や、特売などのフェアを催しているコーナーを眺めては、その食材を使って今日はどんなご飯を作ろうかと考えている時間は、たしかに「つながっていない」。そしてその時間がいい気分転換になっている、もっと言えば好きであることに気付かされた(だからいつも喜んで買い物に出かけていたのか)。
そう考えると、近所のワイン屋さんでワインを選んでいる時も、クラフトビール屋でビールを選んでいる時もつながっていない。何があっても手放したくない時間だ(ただ酒が好きなだけなのだが)。ちゃんとハマっているではないか。自分の趣味が近所で済ませられる買い物というのは少し寂しい気もするが、この手軽さは悪くない。
待てよ。こうして文章を書いている時間も「つながっていない」ではないか。このコラムももう6年以上書いている。月に一度はロイヤルホストで旬のパフェを食べながらこうして文章を書いているわけだ。これも立派な趣味ではないか。いや、むしろロイホのパフェが趣味なのか。
こうして趣味を並べてみると不思議と、スーパーに行くことも、この文章を書いていることも、ロイホのパフェも、途端に特別な行為のようにも見えてくる。色のない習慣に彩りを与えてくれるような、そんな気持ちにもなる。シンプルに元気になる(ような気がする)。
ひとつ前のコラムにも疲れない年寄りは多趣味だ、と書いたがまさに意を得た格好だ。さて、今日は何を食べようか。早くスーパーに行かなくちゃ。
文・写真:Takapi