
久しぶりに大学のサークルの仲間と飲む機会があった。計6人、それぞれがそれなりに歳を食っていて、白髪になっているやつもいれば、弁護士事務所を立ち上げて見るからに懐が温かそうになった見た目のやつもいたり、まだまだ古い体質の行政で異様な残業時間を繰り返しているやつもいたり、大手企業の最年少部長でありながら副業にコミットしているやつもいたり、なんなら医者になったやつもいて(法学部だったんだけどな)、相変わらず変な連中だということだけはわかった。
あまり大声で言えないようなサークル、つまりはオールラウンドサークルという名の「飲みサークル」に属していた(このご時世でそのサークルはしばらく前に消滅したらしい)。飲みサークルと言っても、東京のはずれに位置した大学であったが故(陸の孤島と呼ばれるほどだ)、暇を持て余した人間か、地方から来て友達がほしい人間か、高校時代に部活に打ち込んでいた体力を持て余した人間などが入るサークルで、都内にキャンバスを構える大学のような派手な遊び感のあるサークルとはほど遠く、ひとえに「こういう人たちがいる」と括れない特殊な人間の集まりだったように思う。
そういったことだから、集まる連中の属性はバラバラで(見た目から性格、趣味志向まで)、中学生や社会人で出会ったなら仲良くならなかっただろうな、という連中も数多いる。それでも、とにかく、酒さえあれば仲間になれてしまう能力だけは大学生活で得ることができた。結果として、社会人になってからは、どんなに性格が合わず話が合わなくても飲み会では楽しめるという、そこそこ貴重なスキルとして活かすことができている。
件の飲み会では、10年近く会ってなかった奴もいて、それでもやはり勘というものはあるのか、近況報告もそこそこに大いに会は盛り上がった。さすがにコールをかけるような失態は犯してないが、それでも学生時代の話を肴に(もう何百回と繰り返してきた、擦り切れ切った武勇伝や恥ずかしい話ばかりだ)酒も進んだ。
大した話はしなかったように思うが、一次会で帰るような感じでもなく、この年齢で男だけで行くことはなくなったカラオケを二次会に選び、学生の頃の「ベスト盤」を一通り歌い倒して、終電間近で解散することになった(その辺はもう大人だ)。『硝子の少年』を40過ぎのおじさんが振り付けで歌った姿は、滑稽を通り越して感動的ですらあった(まだ動画が残っている)。
帰り道、「硝子」であるのはむしろ我々中年なのではないか(体力的も精神的にも)、という思いにも駆られた(まぁ、どうでもいい話だ)。
それはそれとして、今の時代の言葉でいうなら「多様性」溢れる連中だったな、と思った。「多様性」にどっぷり浸かった学生時代だったんだな、とも思った。綺麗に括られた「多様性」というニュアンスからは程遠い泥臭く汗臭い感じだけれど。
人は共感できるものを相手に抱かずとも、とりあえず笑い合うことはできる、という事実は、今でも大いに役に立っている。はずだ。

絶賛イヤイヤ期の3歳の娘だが、最近は少しずつ変化が出てきている。少し前までは保育園でも他の子と同じものを手にすると「自分の!」と嫌がるほど「自分中心」の世界だったが、最近では同じものを持っていると「一緒だねぇ」と共感するようになってきているとのことだ。
家でご飯を食べる時も、少し前ならあれやこれやと自分でやりたがったり、親が食べているものも「自分の!」と横取りしたり(結局食べない)と、なかなか骨が折れたものだったが、最近は取り分けたものを素直に食べたり、親と同じものを食べるのを喜んだり(すき焼きの卵を一緒に割るのが最近のお気に入り。すき焼きのタレの味はまだ濃すぎるのかあまり食べないのだけれど)、親のビールを冷蔵庫から持ってきては乾杯のご発声をしたりと、徐々に「誰か」との世界へと移行し始めている。
つまるところ「同じものを持っている」「共通するものは嬉しい」といった人とのつながりを通じた肯定性のようなものを徐々に感じとり始めているような、そっちの方が「なんか良いのかも」と思い始めているような感じを受ける。
そんな風に娘を見ていると「共感」とか「分け合う」といった感情や所作は、人本来の「持ち物」ではなくて、暮らしの中で身につけた訓練の賜物なのではないか、と思ったりもする。訓練は言い過ぎだとしても、生きていく上で「そうあった方がなにかと便利」という、人間の長い歴史の中で積み上げてきた「経験知」なのではないかと思うわけだ。

大学時代、SNSがあったらどうだっただろう?と、あの夜の少し後になって気になった。もしかしたら、あそこまで笑い合える仲になってなかったかもしれない、と思った。
SNSは簡単に共感できるものや人を目の前に連れてくる。が故に、自身とは相容れなそうと思うもの、極端に自分と距離のあるものを簡単に遠くに追いやることができる。追いやるばかりか、共感性の高い連中と一緒になって、それ以外の人たちを隅の方に「追い詰める」こともできてしまう。シンプルに言えば同質性を高める装置だ。
それがサークルに持ち込まれていたならきっと、声の大きい人や、そこに同調する連中が主体となり、それ以外の人と境界を作り、同じような顔をして同じような趣味志向の連中が集まる場になっていたかもしれない。
仮に大学時代にSNSがあったら、先日再会した友人の何人と今になって集まっただろうかと考えると、ともすれば一人もいないかもしれないな、と思った。それはとても恐ろしい世界だ、とも思った。
そして今、僕らはまさにそういう世界のただ中にいるのかもしれない、とここ最近のニュースを見て感じる。正直に言って怖い。
願わくば、誰かを「排除する」ような世界では生きたくないが、今の状況ではなんとも難しい気もしている。とりあえず僕は僕で、「多様性」という言葉では括れない生々しいつながりを守っていきたい。
還暦で歌い踊る『硝子の少年』を、切実に願う。
文・写真:Takapi
