
先月後半に風邪の症状が出た。38度にも満たないくらいの熱だから、とりあえずロキソニンで済まそうとしたのが間違いだったのか、それから2週間以上経っているにもかかわらず、いまだに微熱と悪寒が収まらず、毎日ロキソニンのお世話になっている。
思い切って休んでしまえばいいのかもしれないが、なんとか仕事ができる体調だから始末が悪い。ここ2週間ほどとりあえず穴を開けない程度に仕事はこなしているが、とにかく疲労感と眠気がすごい。週末はほぼソファに座るかベッドで横になる有様で、がんばって娘と公園に行っても3歳児の駆け足にすらついていけず、少し走るだけで息が切れ、夜は娘と同じ時間に布団に入って、そのまま10時間くらい寝てしまうほどの疲労感と眠気だ。
当然ながら1週間ほど微熱が続いたタイミングで近所の病院にも行っている。だが、対面した比較的若手の医者に症状を伝えても「ああ、それはこじらせてるだけですね」と突き放されてしまった。こじらせているのは風邪菌なのか「中年クライシス」なのか、ちょっとすぐに判断できないくらいには、皮肉を交えた口調だった(そう聞こえただけかもしれない)。
「薬は出せるとしてもロキソニンくらいしかないですね」もう持っています。
「じゃあとりあえず総合風邪薬出しておきますね」じゃあってなに?
そんなやりとりだけでこちらもイラっとしてしまい、こじらせた中年よろしく不貞腐れて病院を後にすることになった。
昔は熱がバーンと上がれば、市販の風邪薬を飲んで一晩汗をかいて治したものだ。それがこの年齢になると熱も上がりきらず、汗も出ず、ただ微熱と悪寒に苛まされている。ボーッとしていると今度は脳が萎縮していくような、ギューっと小さく押しつぶされるような感覚がつきまとってため息が出る。
どうもガタがきている。

ガタがきているという点でいえば、名前が覚えられなくなった。
これが本当に致命的なほどに。
娘ももう3歳で保育園に通ってしばらく経つが、いまだに名前のわからない先生がいる。お子さんも同様だ。娘をお迎えに行くと大体同じタイミングでお迎えに来ている親御さんがいて、「あら、◯◯ちゃん」と娘に声をかけてくれるが、先方のお子さんの名前がわからないものだから、呆けたように挨拶を繰り返すことくらいしかできない。
仕事でも名前を覚えられない。特に山本、山田、山口…みたいに同じ漢字を使う人が複数人登場してくるともうダメだ。「山…さん」と誤魔化して声をかけることになる。仕事用の連絡ツールで連絡をしようにも相手の名前が出てこないからメンションができない。ついこの前打ち合わせはしたはずなのに。
身体にも、記憶力にも、どうもガタがきている。

行きたかった美術展に行くことができないまま、展示が終了となってしまった。ここ最近は仕事も忙しかったし、週末は娘の世話もある。ただ、展示期間は3ヶ月以上もあった。それだけあればいくらでも調整つけられたはずだ。だけど、どうもその調整をするだけの元気がなく、そのまま終了してしまった格好だ。
同時期に他にも気になる展示があった。が、それに関してはもはや行くことはないと判断したのか、職場の同僚に「行ってきて感想を聞かせて」と依頼してしまった。
美術展ばかりではない。映画もしばらく観に行っていない。SNSで評判が届けば瞬発的に「行きたい」とは思うのだ。ただ、その後にどうしても興味が続かない。NETFLIXのようなものなら観るだろうかと言えば、これも観ない。アプリを開いてスクロールはしてみるものの、どこか億劫になってその先に進めないのだ。
小説に至っては、もう何年も読めていないのではないだろうか。必要に迫られて読むビジネス書やらそれに類するものは常に複数冊併読しているのに、小説となると手が伸びない。
社会人5年目くらいまでは、営業の移動の合間など、少しでも時間ができれば貪るように小説を読んでいた。東野圭吾や伊坂幸太郎、村上春樹やポールオースターなど、好きな作家が新作を出せば、仕事中であっても本屋に駆け込んではコーヒー片手に読み耽んでいた(あれ、いつ仕事していたんだろう)。
その名残はもはや家の本棚にしかない。だがその本たちも、今度家をリフォームするタイミングで断捨離しようかと思っている。昔は何度も読み返していた小説も(そう。ほんとに何度も読み返すほど小説を読んでいたのだ)、今となっては「もう読まないだろうから、捨ててもいっか」となっている。そんな自分の変化にたじろぎもした。
身体にも、記憶力にも、好奇心にも、どうもガタがきている。

家のリフォームが進行している。
今の家は築40年のマンションをリノベーションして5年前から住んでいる。ただ、その際に予算の関係で寝室と書斎が手付かずだった。築40年ともなるとやはりいろんなところにガタがきていて、やはりすべて綺麗にしようと、住み始めて5年経った今になってようやく重い腰を上げてリフォームすることにしたのだ。
順調にいけば来月リフォームに着手する。なんともバタバタする師走を迎えそうだ。年度末でピークに仕事は忙しいし、忘年会も多い。住みながらのリフォームが故、飼い猫を家に置いていけないため、工事期間は、日中はペットホテルに預けて、夜に家に連れて帰る必要がある。当然部屋を空っぽにしないと手をつけられないから、片付けもしないといけない。寝室工事中は寝る場所も考えなくてはいけない。
考えるだけで面倒なことの方が多そうだが、図案やらスケジュール表など具体的なものを提示されると、自然と心が浮き立つ。ガタがきている家の、そのガタの部分がいよいよほとんどなくなるということに、その先の新しい生活の予感に、今はシンプルにワクワクしている。
そうなってくると風邪など引いていられない。前回行った辛辣な病院ではなく、ネットで評判のいい大きめの病院を予約することにした。それだけしたら、幾分寒気が遠のいた気がした(現金なものだ)。
名前について言えば、娘が横でお友達や先生に声をかけてくれるものだから、その名前で声をかけるようになった。一度声をかけると忘れないようで、次に会う時も自然と名前が出てくるようになった。
つい数日前に、友人数人がSNSで薦めていた小説を買ってみた。読み始めるとこれまた面白く、ページをめくる手が止まらず、移動中に開く本がビジネス書から小説に変わった。
ガタがきたと思っていたものは、しばらく動かさなくなった箇所にできた「錆」のようなものなのかもしれない。一度錆びると落とすのは大変だ。油を差したり部品を交換しないといけない。それを防ぐには、少しでもいいから日々動かすことだ。動かし続けていると、当然ながら錆びはつきづらくなる。
年をとって動きは鈍くなる一方だけど、小さくても不格好でもいいから動き続けることで、なんとか「錆」を遠ざけることができるかもしれない。そんなことを思う。小さくてもいいならなんとかできるかもな、とも。
文・写真:Takapi
